■日本で体験した梅雨と傘■

■日本で体験した梅雨と傘■


 ナショナルジオグラフィック協会のペルー調査隊のリーダーを務めた探検家カリンミュラーは、
ドキュメンタリー映画の制作で日本に長期滞在し鳥取県で1本の傘を巡る忘れがたい体験をした。
 梅雨の有る日。民宿の女主人が親切に紫色の大きな和カ傘を持っていくように進めてくれた。
 重い撮影機を持ち運ぶので、かさばる傘は正直なところ迷惑だった。
 断り切れずに受け取ったが、粗大ゴミになるので捨てられない。
 そこで移動中の電車の中に“起き忘れる”ことにした。
最初に乗った電車に傘を残して降りようとすると後ろから呼び止められた。
降りかえると、乗客たちが傘を手渡しリレーで彼女に返してくれたのだ。
 次に乗ったの新幹線。隣の席のおばさんが傘をほれぼれと眺め
しきりにほめるため、“置き忘れ”は不成功。
 その後ローカル線に乗り換えたミュラーは、駅に着くなり傘を網棚に置いたまま隣のホームへ一目散に駆け出した。
ほっとしたのもつかの間、学生服の少年が、こちらに向かって傘を降り
大声で叫んでいるではないか!
電車が入ってくると、少年は猛然とこちらのホームへ駆け上がり
ぼう然とする彼女に傘を渡して走り去った。
最後に乗った電車を降りると、外は雨。
傘をさして歩き始めたミュラーは、紫色の傘がすっかり気に入っていた。